書評・読書感想

小泉功著『宗教音楽におけるラテン語の読み方』の書評の続き

先日書評で絶賛した小泉功著『宗教音楽におけるラテン語の読み方』の続きだ。ぜひ紹介したい記述を見つけたのでお裾分けだ。この本はカワイ楽譜が昭和34年に発行した本だ。古い本ならではのうれしい記述だ。

言語学、特に音声学者を学習したものなら ダニエル・ジョーンズは知っていると思う。Daniel Jones は映画『マイ・フェア・レディ』のヒギンズ教授のモデルとなった音声学者だ。

ダニエル・ジョーンズは「音素」を初めて使った学者であり、cardinal vowels の表を考案した人物である。そしてなんといっても「Oh, professor Higgins!」
私がサウンドオブミュージックに次いで好きなミュージカルの主人公だ。

なんと、小泉功氏はあることをジョーンズ博士に尋ねたという。なんだか映画の人物に話しかけたと言っているみたいで、面白かった。

歌唱のラテン語の基礎知識を知らない人にちょっと解説しておこう。ラテン語は現在では死語だ。したがって西ヨーロッパの人は、ラテン語を自分の国の言語の 訛りで発音している。ちょうど日本人が中国人の姓を日本読み(蒋介石を「しょうかいせき」と発音するように)するように、だ。

qui をフランス人は ki-, ドイツ人は kvi-, イタリア人は kwi- と発音する。なおここではIPA の記号が使えないのでハイフンで長音記号を代用している。

しかし一応ローマ・カトリック教会お墨付きの発音法というものがある。それはイタリア語式発音とだいたい同じだ。いや、ほとんど同じといっていいかもしれない。

それとはさらに別に、古典ラテン式がある。学者が当時の発音を忠実に再構築してできた発音の体系だ。しかし2千年も前の言語なので、細部の発音については異論がある。

こういった前知識を持って次の箇所を読んでいただきたい。

本来 Rolled r をもたない英語において、歌の場合に限ってそれを用いる理由を、筆者が Daniel Jones 教授に尋ねたところ、イギリス人は200年以上にわたって声楽をイタリヤ人から学んだために、歌の場合に限ってイタリヤ式 r がイギリスに輸入されたというのである。しかし、それは独唱者に限られ(合唱でブルブル震わせる r を用いることはイギリスでは下品とされている)、しかも、アクセントのある位置とかイントネイションの高揚部に限って用いることが望ましいということ であった。


この記述は日本の合唱関係者にとっても知らなかった人が多いのではないだろうか。トリビアの泉だったら、へぇーを連発していたところだ。

語句を解説しておこう。イタリヤ式 r とは、英語の語頭の r を震わせた音、と思っていいだろう。日本語のラ行は舌が上口蓋に一回タッチするのでこれとは違う。

合唱関係者にも、私の書評を読んで小泉功さんのこの本を読みたくなった人もいるのではなかろうか。

この他にもたくさん学べる記述があった。もうひとつだけ紹介したい。

なんといにしえのローマの文法家たちは、dark l と clear l とを区別していた!
詳細は Google などで調べてほしい。

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『宗教音楽におけるラテン語の読み方』はラテン語合唱の人は必読書ね

ラテン語の発音を解説した、古い本を借りた。宗教音楽におけるラテン語の読み方 (1959年) [古書]だ。お奨めだ。

合唱のラテン語といえば三ヶ尻さんの本がすごく使いやすくて(単語の逐語訳がついていて学びやすい)、解説も明快でお世話になった。

今回は「どうせ古い本(昭和30年代)だから難しい表現とか使ってるのだろうな」と思っていたのだが、嬉しい驚きがあった。

アカデミズムの人でなく実際に合唱を教える立場だからなのか、表現がすごく易しい。しかしちゃんと言語学で語っているのである。

巷のラテン語解説書は、入門書であっても難解なものが多い。講談社新書のラテン語入門も、たいていの人は途中で投げ出すだろう。

しかし、この本は発音の解説だけなのだが、とってもわかりやすい。お勧めだ。

新しいことも学んだ。ラテン語でなぜ k を発音するために Q K C の三つの文字を使い分けるのか、説明できるだろうか。

私は知らなかった。うろこが目から落ちた。当初は使い分けていた。直後に来る発音がi や e の狭い発音には C, u や o には Q、その中間の a には K というふうに。しかしどれも似たようなので、結局は C に収斂したというわけだ。

もうひとつ目からうろこが落ちたことがあった。小泉さんはこう書いている。英語の歌唱では、"seat" の "ea" の発音を緩和する。あっかんべ、の「イーだ」と発音するとき、口が横に引っ張られる。これは汚く聞こえる。だから "sit" の "i"を伸ばした音で発音するのだ。(本当は IPA で説明したいのだが、このブログでは多分無理だろう)

確かにそうだ。ラップとか以外、うまい人はそう発音しているようだ。

歌唱に限らず、きれいな発話をする人は、こういった緩和をしていると思う。アーティキュレーションのはっきりした人ですぐに思い浮かぶのは、サッカー解説の松木安太郎さん。サービス産業の人のなかにもこういった人がいる。でも決して心地のいい発音とは思えない。特に「イ」が目立って横に引っ張りすぎだ。

ほかにも濁音を強く発音する人もきれいに聞こえない。小泉さんはすばらしい指摘をしている。"Miserere nobis" の "miserere" の発音だ。問題は、この赤の s が濁るか濁らないか、というものだ。

小泉さんは言う。この s を意識的に濁らせて発音しては汚く聞こえる。この s は母音に挟まれて同化 assimilation で結果的に濁るのであるから、濁らないで発音するようにして結果的に濁ってしまった、という感覚で発音するのがいい、というすばらしい解説をした。これは すばらしい。私は実際に真似てみた。確かにきれいに聞こえるぞ。

この知識はラテン語だけでなく、日本語の発声にも役立ちそうだ。

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