京都市立図書館

すばらしい図書館員は視野の広いミッドフィールダーだ!

サッカーのミッドフィールダーに求められるのは、中田英寿選手や遠藤保仁選手のように視野が広く、ピッチを観察できる選手である。ボールばかり見ているのは、うまくない選手である。

これは打撃系の球技にも当てはまる。私は打撃系球技をしていたが、解説本を鵜呑みにして、球のインパクトの瞬間も目で見ようとして不自然なポジションで 打っていた。野球のバッティングでもそうだが、ボールに当てる瞬間は目で見ていない。人間の脳は優秀だから、インパクトの少し前で大砲の弾道計算をするよ うにボールの軌跡も瞬時に計算する。

このように球技には、広い視野をもつ選手が有利な競技が多い。


図書館職員にも似たような視野の広さが求められる。まさに遠藤選手のような図書館職員が、京都の左京図書館にはいる。糸井さんという女性の職員だ。ほかの職員との対比で説明するとわかりやすいだろう。

現在左京図書館には井上という職員がいる。色黒なのに雪女のような職員だ。まず彼女は、貸出の利用者の顔を見ない。本ばかり見ている。もちろん笑顔もない。

利用者の顔を見ない、ということは、利用者が何をしようとしているか、を瞬時に判断できないことを意味する。実際に井上さんはそういう職員だ。

利用者の顔を見ない、ということは、利用者の顔を覚えにくい、ということにつながる。利用者の顔を覚えない、ということは、利用者に応じてカスタマイズされたサービスを提供できない、ということだ。

何年間も、月に何回も予約取り置きをお願いしている利用者に、毎回印鑑を押すように同じ決まり文句を言う職員がいる。「録音資料が付属していますのでカウンターにお返しください」「相互貸借資料なのでこちらのカウンターにお返しください」

このタイプの職員は、左京図書館の高井主任、臨時職員の安岡さん、以前左京図書館に勤めていた増野さん(現在右京中央図書館)が該当する。これらの職員は、明らかに利用者の顔を覚えているのに、だ。

そういった職員は「平等なサービスの提供」の意味を拡大解釈しているように思う。あるいは、指示されたことを杓子定規に実行しようとして、結果的に利用者 に不快感を与えることになっている。綺麗なテーブルクロスが目の前にあるのに「テーブルクロスはもう洗ったのか」と尋ねるようなものである。井上さんがそ のような職員に該当するわけではない。井上さんは別の点で思慮に欠ける職員である。

日本語を話せない華人が予約取り置き本を借りようとしたことがあった。井上さんはいつもの冷たい対応で、中国語と身振りで尋ねられても日本語で押し通す。 英語を交えても、面倒そうに対応する。京都市立図書館では、AV資料は一度に2点まで借りることができる。その利用者は1点既に借りていた。だからもう1 点だけ借りられるのだ。しかしその日予約取り置き資料には、AV資料が2点届いていた。そのような場合、ほかの職員なら「どちらを借りられますか」と尋ね るものだ。しかし井上さんはその質問をしないまま任意の資料を貸し出し処理してしまった。その日はたまたまどちらの資料でもいい気分だったのでよかった が、そうでなかったらいたく気分を害されたことだろう。

井上さんは、日本語以外の言語で話しかけられて、「面倒だな、こいつ」と言わんばかりの表情で終始対応したとのことだ。

なるべく利用者の顔を見るようにしている糸井さんのような職員は、利用者の気持ちや行動を汲み取ろうとしているから、利用者の考えていることを察知する能力に長けている。これは長年左京図書館に通っているのでよくわかる。

予約取り置き本が多数左京図書館に届いていたことがあった。その日は糸井さんが貸出席に座っていた。私は常に6冊以上は本を借りているので、一度に借りら れる点数は多くない。さあどれにしようかと迷っていると、トランプのポーカーで上がり!を宣言するように、取り置き期限の古い順に並べて提示してくれた。 そうするようにお願いしたわけではない。自主的に思い遣りの心から、そうしてくれたのだ。

思いやりの極致をそこに見た。利用者は、なるべく<到着の早い本>を借りるのを優先したい。そうしなければ、期限切れで借りられない可能性が高くなるからだ。同時に、そうなれば図書館に余計な手間をかけてしまうことになる。しかし<今すぐ読みたい本>というのもある。さらに<鞄のスペースと相談して、その日に借りる冊数を判断する>という要素も考慮する。土砂降りの雨の日なら、大型本は借りたくない。濡れるリスクを恐れるためだ。鞄をもって激しい行動をすることが予想される日には、CDやDVDを借りたくない。ケースにひびが入ることを恐れるためだ。また<最大貸出点数の10点まで、あと何点>ということも考慮する。利用者は、これらの多くの要素を素早く計算するのだ。後ろにほかの客が並んでいると、早く判断しなきゃ、と焦ることもある。

糸井さんはそういった利用者の判断を助けるために、左京到着順の古いほうから順に並べてくれた。いつもの気持ちのよい爽やかな笑顔とともに、だ。

他の職員にも真似をしてもらいたいとは思わない。糸井さんに、別のときにもそうしてほしいとも思わない。こういった行動がとっさにでるのは、彼女の職業意識が反映しているのだ。

常に利用者のことを優先する糸井さんだから、とっさにそういった行動ができるのだ。高い職業意識を持っているから、利用者の顔を見て応対するのだ。利用者の顔を見るから、利用者の考えていることがすぐにキャッチできる。

利用者の顔も見ようとしない職員は、明らかに利用者がしようとしていることを瞬時に把握できない。丸尾さんもその一人である。華人が貸出の際身振り手振り で説明しているのに、たぶんわざとだが正反対の意味でキャッチした。その利用者は<こちらの資料を本日借りたく>、<こちらの資料はもうしばらく取り置き していてください>と言わんとしていた。他の職員にはジェスチャーを使えば通じるのだが、丸尾さんだけ正反対の意味に取った。

丸尾さんは「ボールばかり見て肝心のゲームを見ていない選手」で、糸井さんは「視野が広くゲームの流れを瞬時に把握できる視野を持った選手」ということが、よくわかったと思う。

糸井さんはまさに図書館界のファンタジスタだ。糸井さんに関して、まだまだ書けていないことがある。別の機会に改めて書こうと思う。実にすばらしい選手だ!


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京都アスニーの職員の士気が下がる理由を考えてみた

山田恒夫氏の講演<第2回GSICセミナー「世界のeラーニングの最新動向と将来像」>のビデオを見ていたら、京都市教育委員会と京都アスニーの職員の関係を思い出した。ビデオのテーマ2の 6:48 あたりから。

この記事では、大学の教育支援センターに関する山田氏のコメントとのアナロジーで、京都教育委員会と京都アスニーの職員人事について語る。

彼によれば、アメリカの大学では、教育支援センターやFD支援センターが充実しているという。そこのセンター長やCIOは、スタッフの中から成るというキャリアパスの流れがある。しかし日本ではそうではない。だからスタッフのやる気がでない、という。

京都市立図書館について言えば、現場をよく知るスタッフがいくら頑張っても、館長として図書館とぜんぜん関係のない部署から、市教委の職員から派遣されてくる。だからアスニーのスタッフのやる気がなくなるわけだ。

これが間接的に、図書館サービスの低下に影響していないだろうか?

市全体の方針は、市から市の出資団体への市職員の派遣を減らしていくというものだ。しかしアスニーに関しては近年その流れが淀んでいる。結局市側はポストを確保し続けたいのではないのか。

アスニー自体も職員の約三分の一が、市の派遣職員だそうだ。管理職だとずーっと割合が高くなるだろう。だからアスニーから公式にクレームがつくことはないだろう。

アスニーの職員の市職員でない職員のなかにも、市職員のコネで入社した者もいるのではないだろうか。これは札幌の似た名前の財団法人とのアナロジーから想像するのだ。

実力で入った職員がもしこれを読んでいたら、気分を害しそうだが、これが私の正直な気持ちだ。

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京都市立中央図書館の運営は大丈夫だろうか (障がい者へのいたわり)

左京区の図書館愛好家が出している「けやき」という冊子がある。この2009年11月30日発行の号に、けやき編集員と氷見博(当時)図書課長補佐、佐々木善弘(当時)業務係長らの間のインタビューが掲載されている。

けやき側は、次の提案をしている。聴覚障がい者のために、利用案内にファックスの番号も載せるべきではないか。

図書館側は、「検討します」と答えた。

しかし5月27日現在、ウェブの京都市図書館の利用案内にも、図書館のカウンターに置いてある「京都市図書館利用案内」にも、「よくある質問 Q&A」にも、一切ファックスの番号が載っていない。京都市立図書館各館のウェブページにも一切ファックス番号を載せていない。

(実際には、各館にファックスが備わっており、電話でも fax でもレファレンスサービスも受け付けることになっている。建前上は、だ。しかし館によっては、電話でレファレンスを頼むと渋い反応が返ってくる。「電話でレファレンスはあまりないのですが」。)

提案から半年だ。冊子を刷るサイクルも一巡しているはずである。

「検討します」と答えたのは多分氷見博だ。彼らのパターンはわかっている。「検討します」や「話しておきます」と答えたきり、いっさいその結果を提案者に対して答えていないのだろう。

また検討するにしても、彼らは視覚障がい者や聴覚障がい者に対して同情心がないから、検討するというのはその場しのぎの答えであって、真面目に実現しようとはしないだろう。これは以前紹介したように、門川市長についても当てはまる。

京都市立図書館の運営がいかに障がい者にとって厳しいか、の一端が窺えたと思う。

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左京図書館の職員の素描、その2

左京図書館の長谷川という非常勤職員に「OPAC端末から見える場所にNDCの表があれば便利なのに」と言ったことがある。すると長谷川さんは、具体的に何と言ったか思い出せないが、「思っているようなことは実際には実現しない」というようなことを言った。


長谷川さんは「聞いただけ」で何も上司にも伝えていないだろうし、同僚の間でそれを話し合ってもいないだろう。経験からそれがわかる。

同じく左京図書館の高井主任に、OPAC端末のすぐ横に検索の仕方などの解説を置いたほうがいい、そうでなければウェブページ上のヘルプをもっと充実させるべきだ、と言ったことがある。何年も前の話だ。

しかし今になってもぜんぜん実現していない。

私が職員ならこうする。ユーザーの感想や不満、賞賛、提案などをメモする。そして分析して自分の判断のフィルターにかけて職員会議で提案する。

しかし現実には左京図書館はぜんぜんそういったことをする気配すらない。

私はバブル初期の日本経済繁栄のわけを解説した本や、「読むクスリ」や「プロジェクトX」によって育ってきた。そういった本で、日本人の先達が日々の工夫と努力で向上してきた話を、胸をわくわくさせて読んだ。

しかし左京図書館を含めて京都市立図書館には、そういった日本を先進国に押し上げた精神を感じさせないのだ。創意工夫、改善の精神はどこにある?

左京図書館の臨時職員にも糸井さん以外の非常勤職員にも感じられることがある。ぜんぜん楽しそうに仕事をしていないのだ。

まず笑顔がない。長谷川さんにもラスカル安岡にも杉原にも笑顔はほとんど見られない。それに加えて提案もほったらかし、というのでは、奴隷も同じだ。やらされてる感が強い。館長も主任も彼女たちをリスペクトしていないからではないのか。

私はよほどキャビンアテンダント専門学校の指導教官のように指導してやりたくなったほどだ。「○○さん、えーがお!」

そんなに給料に不満なのか?給料の差が笑顔に反映しているというのだろうか。もっとも常勤職員の末摘花も、ぜんぜん笑顔がないのだが。

主任や館長の責任だろう。糸井さんがすばらしいのは組織のせいではなく、個人的にしっかりしているからだ。

糸井さんのすばらしい配慮ぶりは、別の記事で明らかにする。

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図書館に愛情のない人間を他部署から配属させていいのだろうか

佐々木善弘は現在図書課の課長補佐兼業務係長だ。

私は昨年の9月に中央図書館を訪れた。提案や苦情、組織批判などを市長への手紙に認めて待ったものの、いつものごとく返事がいっさい返ってこなかったため だ。それに加えて市長への手紙への門川市長からの返事には、具体的な提案は市立中央図書館に言ってくれと他人事のように書かれていたためだ。

面会は佐々木善弘、当時業務係長だった。彼は私が書いた市長への手紙を読んだと言った。同時に「わたしは行政屋ですから図書のことはあまり詳しくない」と言って巧みに私が手紙に書いた内容に対して答えるのを避けた。彼は表面的には非常に礼儀の正しい男だ。聞く態度を持っている。メモも用意して私の話をメモしていた。

しかし「来ていただいてありがとうございます」を私の去り際に述べる以外は、職員がしたことに対して職員を代表して「ごめんなさい」を言うこともしない。各種提案に対して「ありがとう」も一言も言わない。

私は以前、予約取り置き図書の間に挟む事務用の小紙片がセロファンテープで図書のプラスチックフィルム(ラミネート)に貼っていたのはよくないことだ、方 法を変えるべきだと提案していた。実際に職員が小紙片をはがすとき、大事な本のカバーが破られたのをまざまざと見たからだ。確率論になるが、そういったや り方をしていたのではカバーが痛む本がたくさん出る。セロファンテープを日常的に使う職員にとっても手の荒れの原因になるだろう。

セロファンテープに変わるやり方を考えるべきと市長への手紙に認めていた。返事はわかりました、そうしますとのことだった。しかし「ありがとう」が一切書かれていない。

提案に対して「ありがとう」を言わないことが何度もあった、と昨年9月頃市長への手紙で訴えた。その中で、私は2回くらい「ありがとう」を言わなくても私 は怒らない。しかしそれ以上続くと、これは組織に問題があるのではないか、との旨を説いた。別の記事でも述べたし、まだ記事に書いていない件もあるが、私 が職員なら絶対に「ありがとう」という状況でも職員が切れたような応対をしたことがあった。うっとおしがる職員もいた。

そういったのは問題だ、と社会学的観点から、また道徳的観点から申し上げた。それよりも、日本で教育を受けた人間の素直な感想として、間違っていると思ったからだ。

そういった内容を盛り込んだ市長への手紙を佐々木善弘は読んだと言っていた。しかし読んだだけで、何も伝わっていなかったのか。その後の彼の対応も、彼が教育委員会の人間だとは信じられないようなものだった。

そもそも図書のことは何も知らないのに、他の部署から中央図書館の業務係長に就任すること自体まちがっているという認識は職員にはないのだろうか。総務課の決定には逆らえないということなのだろうか。

左京図書館館長の横山勝は市役所の他の部署から図書館の館長になった。彼も図書館に対する愛情が少しもない。私の手紙を読んだと言っていた。私は図書館をよくするための多数の提案をした。でもまったく具体的にどう思うとか、こうすべきだ、などの意見を述べようとしない。

それどころか複数の職員の間違った対応に関して、そんな事実はありませんとの一点張りだ。なぜそんな事実はないのか、の理由をまったく言おうとしない。た だそのような事実はない、と述べて押し通す。私は職員のおかしな行動があった状況を克明詳細に記述した。しかし横山勝は「そんな事実はありません」ですべ てを通そうとする。彼は自分が組織に守られていることの安心感から、それで切り抜けられると思っている。

私は市長への手紙のなかで、次のことを申し上げた。家族など身内をかばいたくなるのは人間の自然の性だ。しかしそれでは社会はよくならない。私は社会の利 益のために、たとえ家族との関係が一時的に気まずくなっても、家族の一時的な利益よりも社会の利益を取る、といった内容だ。

しかし横山館長と長尾副館長はまさに「家族など身内をかばう」の態度だ。私が館長なら、職員を信じたい気持ちはあっても、中立に事実関係をはっきりさせようと行動する。しかし横山と長尾にはそういったプロセスがいっさいなかった。

無条件で身内を庇う行為がどれだけ社会全体に害を及ぼすだろうか。モラルハザードを引き起こすだろう。横山や長尾の行動を見た職員が、こういった力で押し 通すことができるんだ、と学習する。そういった考えを持っていたらその子供までが親の行動パターン・思考パターンを模倣する。

横山や長尾はそういった意味でいわば社会の癌のようなものだ。放っておいてはどんどん伝染するだろう。そういった人材の報告を複数にわたって詳細に受けたにも関わらず、「○○さん一人だけの意見ですから」「わたしはその場にいなかったので」といって不問に付する教育委員会の総務課にも責任はないだろうか。図書館に対して司書の資格がないどころか、愛情のかけらさえも窺えない人材を他の部署から持ってきて館長や業務係長に配置する総務課の責任はないといえるのだろうか?

ちなみに左京館長の横山、副館長の長尾、当時業務係長の佐々木善弘はすべて司書資格を持っていないはずだ。長尾に尋ねたら切れた対応をした。横山は「答えたくありません」と言った。佐々木については言わなくてもわかる。

表面的な礼儀正しさ、昇進テストの結果だけでなく図書館への愛情といった指標で人事を決定してほしいものだ。教育委員会の総務課は、他の部署から図書館への理解と愛情のまったく欠けた人間が配属された部下の職員の立場になって考えてみるべきだ。市民の気持ちを無知と無関心で踏みにじる、そういった図書に愛情のない職員を配置した責任の重さを感じ取るべきだ。

他の部署から来た人間のすべてが図書館に愛情がないと断言する気はない。岩倉の足立副館長などは、太陽のような明るさと、萌えた木々のようなみずみずしさ で、図書館に来たら必ず笑顔で挨拶してくれる。そういった人はたとえ図書館への理解に欠けていたとしても(わたしは彼女はそうだとは思わないが)、それを 埋め合わせてあり余る。

しかし確実に、しかし少なくないであろう確率で、図書館に愛情のない人間が他部署から配属されてくるのはおそらく事実だと思っている。

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醍醐図書館の美人副館長・筒井浩美がうっかり漏らした本音とは?

一昨日、醍醐図書館の副館長の筒井浩美さんに電話した。筒井さんは2年前まで岩倉図書館に主任として勤務していた職員だ。

筒井さんはCMタレントの夏帆(かほ)という若い美女が美しく齢を重ねたらああなるのだろうと思える美人である。

同時に気が強いところもある。ツンデレという言葉があるが、デフォルトではツンが目立つ人だった。以前醍醐に別件で電話したことがある。電話に応答したのは今から思えば筒井さんだったと思う。相変わらずツンで気の強いと思える人だった。

しかし私が引き下がらないタイプの人間で、同時に岩倉の足立さんのようにミルキーで陽光笑顔タイプが好きと知ってか知らずか、私の前では同じように振舞ってくれるように思える。これは私の思い込みかもしれない。とにかく私の前では優しく振舞ってくれる。

さて、一昨日の話に戻ろう。

筒井さんに、まず筒井さん自身が教育委員会の職員なのかを聞いた。次に財団法人・京都生涯学習振興財団(京都アスニー)から館長になった人は(京都市立図 書館20館中)どれくらいいるのかと尋ねた。筒井さんはアスニーの職員で、アスニーからの館長は全館中0人という回答だった。

私は「え、0人ですかー。でも、もうアスニーに委託されるようになって長いんですよね。」と言った。

筒井さんはこの質問は苦手そうだった。しかし努めて親切に振舞おうとした。

私は「アスニーから副館長になった人は筒井さんの他にいますか?誰ですか?」と聞いた。

筒井さんは「把握しておりません。中央図書館にお尋ねください」と答えにくそうに答えた。

私はさらに「右京中央の原田さんはどうですか」と聞いた。筒井さんがどう答えたか聞き取れなかった。

筒井さんの回答から、アスニーから副館長になった人はそれほど多くないだろうと想像できた。

さらに「館長が0人なのをどう思います?」と聞いた。

筒井さんは苦笑して「個人的意見ですか、それとも公式的見解ですか」と尋ねた。私はどちらも、と答えた。

筒井さんは苦笑を続け「個人的意見は言うことができません」とやはり他のアスニー職員と同じように答えた。

そもそも「個人的意見か公式的見解か」という選択肢を選ばせる以上、筒井さんの心のなかでその問題に対する「個人的意見」と「公式的見解」が異なっている ことを強く暗示するものだ。筒井さんは最終的には職員として、半公務員として<模範的>な回答をした。しかし私は目ざとくも、彼女の奥底に潜む意識を見つ けていた。

やはり不公平感を日常押し殺しているのだと思う。

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京都市立中央図書館とリコーの提案などへの対応の違い

以前リコーに大学OPACの Limedio に関する質問を送ったと書いた。今日返事が返ってきた!
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○○様
この度はLIMEDIOへのお問合せを頂戴し有難うございました。
関西地区の営業を担当しております○○と申します。

この度はLIMEDIOへのお問合せを頂戴し有難うございました。

当社にお問合せを戴きましたのが、ゴールデンウィーク前だったかと存じます。
ご連絡が遅くなりまして申し訳ございませんでした。

さて、お問合せの検索結果につきましてですが、ご指摘のものを開発で確認させて戴きましたところ、LIMEDIOからのNII検索にあたり不具合が確認されました。

ご指摘のcopulationを始めとして最終文字が「n」「N」「1」の際に不要な検索結果
を表示しております。

NIIの検索に際しては、ローマ字化という処理を行っておりますが、そちらの不具合
と把握しております。

本件への対応は次期リビジョンアップバージョンで実施致します。

各大学様OPACへの適応に関しましては、図書館担当者様とのご相談の上でということになりますが、一時的なシステム停止も伴います為各大学での具体的な改善時期につきましては現時点でご案内することができません。

当社側で把握しておりませんでした問題点につき、ご指摘を頂戴しまして有難うご
ざいました。

さて、その他のご質問にも回答申し上げます。

・書誌情報について

大学(職員)様が作られるもの、書店等からデータで買われるもの、NII(Nacsis)からダウンロードしたものの3種をローカルDBに格納することで構成されています。

・Nacsis目録について

各大学様で作成した書誌をNIIに対しアップロードすることにより、Nacsis目録が作成されています。

他の大学はこれを流用してLIMEDIOのようなシステムに格納することでローカルのシステムを運用しています。

大学様の図書館は、そのようなデータの相互利用、資料の相互利用を前提に運営されております。

・文字のあいまい検索について

LIMEDIOでは、文字の揺れを吸収するあいまい検索という機能を用意しております。

ご指摘のようなバイオリン=ヴァイオリンや大文字、小文字入力等の表記の揺れを
同一のものとして吸収します。

登録の際にバイオリンを登録しておけば、利用者が検索時にヴァイオリンと入れられてもヒットします。

これはLIMEDIOの一つの特徴としてご案内させて戴いている機能です。

今後共ご愛顧の程、宜しくお願い致します。

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ユーザーからの質問に対して、このように親切な返事を出す会社のことを「一流企業」という。

この100倍もの情報量の提案などを京都市立図書館に何度にもわたって申し上げた。しかし Ricoh の100分の1 ほどの真摯さもない。返事すらよこさない。電話で何回も粘って氷見博に会わせるのがやっとだ。

京都市立図書館はもし民間だったなら間違いなく淘汰される。その責任は現課長補佐兼係長の佐々木善弘に負う所が大きい。

リコーの手紙をもう一度見てほしい。「ごめんなさい」も「ありがとう」もちゃんと書いてある。恐縮の限りだ。リコーのリメディオようなすばらしいシステムの享受者だからだ。

リコーの態度を京都市立中央図書館は見習ってほしい。

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岩倉図書館へ検索システムへの提案を行った、その2

私は「書誌会社が手入力で打ち込んでいるんですかー。私は書誌会社ではなく富士通などのシステム供給会社の責任だと思います。」と述べた。

仲田氏は「月一回、システム会社に要望を述べて、無料でアップデートを行ってくれる。しかし根本的なシステム変更は2,3年かかるだろう」と言った。

私は「それでも構いません。要望がなくては企業は自主的に変えてくれないと思います」と述べた。

仲田氏は話をしておくことを約束してくれた。

仲田氏や足立さんにOPAC端末を前に説明していたとき、以前京都市 OPAC の検索で難儀していた検索語が今ではちゃんと検索されることに気づいた。「レクィエム」と「レクイエム」の互換性がなく、探している本が見つか らず苦労した話をしようとしたのだ。仲田氏は、「以前にこのことを誰かに話しましたか?」と尋ねた。私ははい、と答えた。それは毎月一回要望をシステム会 社に申し述べるからだよ、と答えてくれた。運営からてっきり無視されていたのかと思っていた。それから何回も話す機会があったのだから、一言言ってくれて もいいのにね。

ちなみに Firefox で京都市立図書館OPACを使うと不便だとも以前伝えた。しかしこちらのほうはそのまま不便なままになっている。いつ変えるのだろう。これも2,3年後?

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右京中央図書館の凄いレファ女

もうだいぶまえ、今年の1月頃だと思うが、右京中央図書館を初めて訪れた。そのときからまだ再訪していないが、機会があったらぜひ寄ってみたいと思う。

レファレンスを4つくらいお願いした。回答は後日届いたのだが、なかなか優秀だった。右京中央図書館は、京都市立中央図書館とはまったく違って、埼玉県立 図書館や岐阜県立図書館と競わせてもいい線行くだろう。埼玉県立には勝てないとは思うが、でもなかなかよかった。文献をしらべて、データベースをあたっ て、問い合わせ先の電話番号やファックスを付してくれた。

一日訪れただけなので何を偉そうにと思う人がいるかもしれないが、ここのレファレンスカウンターで珠玉のレファ女(「れふぁじょ」と読む。)を発見した。伊勢係員だ。


本の在り処のガイダンスをテキパキとしてくれた。レファレンスを聞くときも、聞く態度がすごく気持ちい い。ちょうど京都精華大学の中嶋さんのように、「この質問、もしかしてレファ女のあなたにとっても面白いの?」と錯覚を起こさせるように、興味をもってい るかのような反応で質問を聞いてくれる。

伊勢係員の横にいたレファ女はその日たまたま以前私が左京を通じて質問した件について調べている最中だった。そのレファ女がちょうど『骨単』を持っていた ので補足質問をしようとその人に話しかけた。このレファ女も人の目を見て話さないタイプで、相槌も打たないので「この人、話聞いているのだろうか」と不安 にさせられる。回答内容が優秀なので根に持っているわけではないが、こういうレファ女もいるのだなと思った。

ちなみに質問者の顔を見ないでパソコンの画面ばかりみて質問を聞くのは左京図書館の主任、高井さんだ。これは一度ばかりではない。もっともこれには理由があって、私が高井さんの対応のまずさについて詳細な報告を送ったからだ。これは機会があれば詳細に記述しようと思う。

伊勢係員のさわやかな応対は他の職員と比べなくても気持ちいいのだが、他の職員の実態と比べるとその良さが浮き出るものだ。私は回答を受け取るとその優秀さを認識し、右京図書館に電話をかけた。

その日は京都市立中央図書館に左京の長尾に関する不満を述べようと思って電話したのだが、あいにく臨時休館日で、しかたなく右京中央図書館にかけた。でもレファレンスのお礼も言おうとおもっていた。

菊川文図書館主事が電話に出た。菊川婆は「左京図書館のことは左京図書館か中央図書館で聞いてください」との答えだった。相変わらず縦割りの意識が強いね。

ここで急に話題を変えて、レファレンスの回答のレベルが高く、照会先の電話番号まで付してくれて満足していること、右京中央のレファレンスチーム全体に感 謝していること、聞き上手の伊勢さんの応対のすばらしさについて述べ、感謝の意を伝えた。すると菊川婆はわざわざご丁寧にありがとうございます、と育ちと 品のよさそうな言葉で逆に感謝してくれた。かわいい女だ。

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岩倉図書館へ検索システムへの提案を行った、その1

そうそう、前回の記事のなかで、書き出しは「1週間前、岩倉図書館を訪れた」だった。このことを書くつもりだ。

京都市立図書館の OPAC を使っていて不便を感じることが多い。多くの提案を行って、少しは改善されたようだ。しかしまだまだ理想からはほど遠い。

具体例を述べよう。たとえば「バイオリン」で検索して「ヴァイオリン」を含む書がヒットしなかった経験はあるだろう。京都市OPACや大学図書館の OPACに限っていえば、「バイオリン」「ヴァイオリン」の間の互換性については問題ないようだ。つまり、どちらかで検索してもどちらもヒットする。

しかしいったいどこまでこの規則が適用されているのだろうという点が不明なままだった。Goethe Institute の記事でも述べたが、メディオテークで検索してもメディアテークを拾わないだろう。もちろんこれは、そういった文字列を含む書名があったら、の仮定だ。

こういった例は無数にある。仲田氏は「パエージャ」と「パエーリャ」との間に検索の互換性はないと言った。私は15カ国以上勉強したことがあるので、こういった例を挙げれば無数に挙げられる。

仲田氏はこう解説した。システムは京都市は富士通から購入している(ちなみに Ilis)。公立図書館には他にも日立などの電機会社がそういったシステムを供給している。一方書誌データの入力は別の会社が行っている。そういった書誌 データ会社が一冊ずつ手作業で「ヴァイオリン」と「バイオリン」の両方を入力しているのだ。

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