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埼玉県立久喜図書館 vs 私

埼玉県立図書館が担当したレファレンスがレファレンス協同データベースに出ていた。埼玉県立らしく、いろいろな辞書をあたり、きちんと仕事をしている。調べ方マニュアルに沿ってやればこういった仕事ができるのだろう。しかしそういった基本すらできていない図書館も少なくないのではないだろうか。

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質問
「冤る」の読み方を知りたい。熊谷次郎直実が平維盛に宛てた手紙に出てきた。

回答

質問時はインターネットでの漢字検索の依頼。
《Yahoo!Japan》《goo》《msn》の辞書検索では該当せず。
《Google》では7件ヒットするが読み仮名はなし。
Webサイト《音訳の部屋》《フリー多機能辞典 ウィクショナリー日本語版(Wiktionary)》《e漢字-島根県立大学》《漢ぺき君》《yomigana》《世界漢字字典》その他などを検索するが訓読みの記述なし。
『大漢和辞典 2』 エン・オンのみ。意味には「かがむ」「まがる」「うらみ」「わざわい」「ぬれぎぬ」等あるが訓読みなし。字訓索引には「かがむ」。
『角川大字源』 エン・オンのみ。意味には「かがむ」「まがる」「まげる」「ぬれぎぬ」「うらみ」。古訓 中世あた・うらみ・まがる。近世あた・うらみ・まがる。
『講談社新大字典』『学研国語大辞典』 エン・オンのみ。
『字訓』「かがむ」「まがる」。「まげる」に「冤」の文字なし。
『字統』「かがむ」「とどめ」の訓読みあり。
『日本国語大辞典』「かが・める」「まが・る」の項に「冤」の表記あり。出典は『色葉字類抄』『類聚名義抄』『倭玉篇』。
『日本古典全集』収載の『類聚名義抄』を確認する。索引から「かがむ」「まかれり」「たしなむ」。
『倭玉篇 研究並びに索引』を確認する。「あた」「うらみ」「まがる」
『色葉字類抄』『色葉字類抄研究並びに総合索引』を確認する。「かがむ」
これらの結果から『角川大字源』の古訓の「まがる」を回答する。

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私は古文はほとんどわからず、あまり大きなことは言えない。しかしこの埼玉県久喜図書館のレファレンス回答の一番最後の行がすごく気になった。いろいろな 辞書に当たって、こういった読みが載っていた。これらを総合的に判断して、古訓の「まがる」を回答する。この結論は論理的に言えばあまり説得力がない。し かし回答者がどれだけ知りたいかにもよるが、大きな助けにはなっただろう。

古語をあまり知らない私が言うのも無責任だが、少し図書館で調べた結果、私「まがる」の可能性に加えて「うらむる」とも回答したい。以下にそう思ったプロセスを解説する。

そもそも、もし質問者が本気で回答を知りたいなら、もう少し詳しい情報を書き込むべきだ。「手紙」に出てきたといっても、(1)熊谷直実が実際に平維盛に 宛てた手紙なのか、(2)江戸時代の歌舞伎の中のお話のなかに出てきた手紙なのか、(3)源平盛衰記などの古典のなかに出てきた手紙なのか、判断ができな い。だから、わたしが「まがる」に加えて「うらむる」を推したからといって、「冤る」が出現した前後の文脈がないと確信が持てない。こういった質問はでき る限り前後の文脈や背景も記述すべきだ。

近代・古典文学で私が愛用するピッツバーグ大・バージニア大学のオンラインデータベースで「冤る」を調べてみた。0件だった。しかし「冤」で調べた結果、中世からは1件のみヒットした。源平盛衰記からだ。しかし残念だがこれは熊谷直実や平維盛とはまったく関係がない。

そこで中国語辞典に当たってみることにした。漢字を深く知るには中国語を勉強するのが必須だ。下のローマ字は読みを、数字は四声を表している。

冤 yuan1

大体どの辞書も意味は「無実の罪をこうむる。(そのため)くやしい。うらむ。かたきをうつ。」といった感じだ。中世の中国語辞書を当たっていないのであま り大きくはいえないが、中国人が持つ語感はだいたいこういったものと思ってよいと思う。つまり、中世は知らないが、少なくとも現代の中国人が「冤」という 字を見たら、「屈む」「曲がる」ではなく「無実の罪を着せられてクヤシー!仇を取ってやるゾ、おのれー!」といった語感を思い浮かべる人がほとんどだとい うことだ。

たとえ辞書の定義の一番最初にでてきたものが頻度が一番上だとは限らない。この原則は特に「頻度順に定義を並べてあります」と但し書きがしてあるコーパス 辞書以外ではほとんど当てはまる。確かに「曲がる」が原義かもしれないが、そこから派生した意味のほうが頻度が大きいことは十分ありえる。

次に古語辞書で「まがる」を調べてみた。「禍る」と綴るそうだ。「わざわいを受ける。災難に遭う。」(小学館『古語大辞典』)

一旦は「曲がる」じゃないだろー、「無実の罪を着せられてうらむ」だろー、と思った。しかしこの古語辞典を調べて思い直した。「禍る」と書いて「まがる」と読ませるならばこちらも正解だろう。

次にもういちどピッツバーグ大とバージニア大学の Japanese Text Initiative に当たってみた。

うらむる 18件 

うらむ 32件 

もちろん「うらむ」の32件のなかには「うらむる」の13件をすべて含む。一方

まがる 0件
禍る 0件
禍 27件 

源平盛衰記や平家物語などのヒットもあるが、どれにも字訓でヒットしたものはなかった。

語学を学んでいて、Google検索でヒットしたものが多いほうが正しい語法だと信じている人が多い。しかし私はあくまで目安にするだけできちんと判断す るようにしている。古語のコーパス辞書は想像だが存在しないと思うので調べようがない。でも「禍る」の頻度は少ないような気がする。小学館『古語大辞典』 に「禍る」の項で載っていた定義は「葦原中国平定」 、つまり古代の文献だ。それ以外の用例はその辞書には載っていなかった。中世までこの言葉が使われていたのかどうか、気になる。

以上のプロセスから、私は「まがる」と読むのを否定できないが、「うらむる」のほうが可能性が高いと思っている。

追記:被る や被むるの可能性もある。

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