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図書館に愛情のない人間を他部署から配属させていいのだろうか

佐々木善弘は現在図書課の課長補佐兼業務係長だ。

私は昨年の9月に中央図書館を訪れた。提案や苦情、組織批判などを市長への手紙に認めて待ったものの、いつものごとく返事がいっさい返ってこなかったため だ。それに加えて市長への手紙への門川市長からの返事には、具体的な提案は市立中央図書館に言ってくれと他人事のように書かれていたためだ。

面会は佐々木善弘、当時業務係長だった。彼は私が書いた市長への手紙を読んだと言った。同時に「わたしは行政屋ですから図書のことはあまり詳しくない」と言って巧みに私が手紙に書いた内容に対して答えるのを避けた。彼は表面的には非常に礼儀の正しい男だ。聞く態度を持っている。メモも用意して私の話をメモしていた。

しかし「来ていただいてありがとうございます」を私の去り際に述べる以外は、職員がしたことに対して職員を代表して「ごめんなさい」を言うこともしない。各種提案に対して「ありがとう」も一言も言わない。

私は以前、予約取り置き図書の間に挟む事務用の小紙片がセロファンテープで図書のプラスチックフィルム(ラミネート)に貼っていたのはよくないことだ、方 法を変えるべきだと提案していた。実際に職員が小紙片をはがすとき、大事な本のカバーが破られたのをまざまざと見たからだ。確率論になるが、そういったや り方をしていたのではカバーが痛む本がたくさん出る。セロファンテープを日常的に使う職員にとっても手の荒れの原因になるだろう。

セロファンテープに変わるやり方を考えるべきと市長への手紙に認めていた。返事はわかりました、そうしますとのことだった。しかし「ありがとう」が一切書かれていない。

提案に対して「ありがとう」を言わないことが何度もあった、と昨年9月頃市長への手紙で訴えた。その中で、私は2回くらい「ありがとう」を言わなくても私 は怒らない。しかしそれ以上続くと、これは組織に問題があるのではないか、との旨を説いた。別の記事でも述べたし、まだ記事に書いていない件もあるが、私 が職員なら絶対に「ありがとう」という状況でも職員が切れたような応対をしたことがあった。うっとおしがる職員もいた。

そういったのは問題だ、と社会学的観点から、また道徳的観点から申し上げた。それよりも、日本で教育を受けた人間の素直な感想として、間違っていると思ったからだ。

そういった内容を盛り込んだ市長への手紙を佐々木善弘は読んだと言っていた。しかし読んだだけで、何も伝わっていなかったのか。その後の彼の対応も、彼が教育委員会の人間だとは信じられないようなものだった。

そもそも図書のことは何も知らないのに、他の部署から中央図書館の業務係長に就任すること自体まちがっているという認識は職員にはないのだろうか。総務課の決定には逆らえないということなのだろうか。

左京図書館館長の横山勝は市役所の他の部署から図書館の館長になった。彼も図書館に対する愛情が少しもない。私の手紙を読んだと言っていた。私は図書館をよくするための多数の提案をした。でもまったく具体的にどう思うとか、こうすべきだ、などの意見を述べようとしない。

それどころか複数の職員の間違った対応に関して、そんな事実はありませんとの一点張りだ。なぜそんな事実はないのか、の理由をまったく言おうとしない。た だそのような事実はない、と述べて押し通す。私は職員のおかしな行動があった状況を克明詳細に記述した。しかし横山勝は「そんな事実はありません」ですべ てを通そうとする。彼は自分が組織に守られていることの安心感から、それで切り抜けられると思っている。

私は市長への手紙のなかで、次のことを申し上げた。家族など身内をかばいたくなるのは人間の自然の性だ。しかしそれでは社会はよくならない。私は社会の利 益のために、たとえ家族との関係が一時的に気まずくなっても、家族の一時的な利益よりも社会の利益を取る、といった内容だ。

しかし横山館長と長尾副館長はまさに「家族など身内をかばう」の態度だ。私が館長なら、職員を信じたい気持ちはあっても、中立に事実関係をはっきりさせようと行動する。しかし横山と長尾にはそういったプロセスがいっさいなかった。

無条件で身内を庇う行為がどれだけ社会全体に害を及ぼすだろうか。モラルハザードを引き起こすだろう。横山や長尾の行動を見た職員が、こういった力で押し 通すことができるんだ、と学習する。そういった考えを持っていたらその子供までが親の行動パターン・思考パターンを模倣する。

横山や長尾はそういった意味でいわば社会の癌のようなものだ。放っておいてはどんどん伝染するだろう。そういった人材の報告を複数にわたって詳細に受けたにも関わらず、「○○さん一人だけの意見ですから」「わたしはその場にいなかったので」といって不問に付する教育委員会の総務課にも責任はないだろうか。図書館に対して司書の資格がないどころか、愛情のかけらさえも窺えない人材を他の部署から持ってきて館長や業務係長に配置する総務課の責任はないといえるのだろうか?

ちなみに左京館長の横山、副館長の長尾、当時業務係長の佐々木善弘はすべて司書資格を持っていないはずだ。長尾に尋ねたら切れた対応をした。横山は「答えたくありません」と言った。佐々木については言わなくてもわかる。

表面的な礼儀正しさ、昇進テストの結果だけでなく図書館への愛情といった指標で人事を決定してほしいものだ。教育委員会の総務課は、他の部署から図書館への理解と愛情のまったく欠けた人間が配属された部下の職員の立場になって考えてみるべきだ。市民の気持ちを無知と無関心で踏みにじる、そういった図書に愛情のない職員を配置した責任の重さを感じ取るべきだ。

他の部署から来た人間のすべてが図書館に愛情がないと断言する気はない。岩倉の足立副館長などは、太陽のような明るさと、萌えた木々のようなみずみずしさ で、図書館に来たら必ず笑顔で挨拶してくれる。そういった人はたとえ図書館への理解に欠けていたとしても(わたしは彼女はそうだとは思わないが)、それを 埋め合わせてあり余る。

しかし確実に、しかし少なくないであろう確率で、図書館に愛情のない人間が他部署から配属されてくるのはおそらく事実だと思っている。

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